コロナと小生の話 (上)
※これ書いたの2020/04くらい※
いや参ったね。
コロナと小生の生活についてつらつらと書いていく。
2月初旬、中国武漢からジワリと滲み出したウィルスが春節(旧正月)の中華13億大移動により「国内に留まらずに方々へ拡散されるのでは?」と、この段階では懸念程度であった。
「武漢と住んでるとこ近いの?」とよく聞かれる。
武漢と小生の住んでいる街は遠い。
が、距離はあまり関係ない。
ウィルスが全長20㎝くらい生物なら可愛いものだ。
2足歩行の1頭身、知能指数が極端に低く、ゆるキャラのコロくんとコロちゃんみたいな。
短い手足でチコチコ歩行するのが唯一の移動手段、短い腕で持ったフォークのような槍で刺されたらそこそこの痛み、クリーンヒットすると稀に病気になる。性格は見た目に反して臆病で車や電車のような大きくて音の鳴るモノが苦手で放っておくとだいたい3時間くらいで死ぬ。
そうであれば街の物理的距離で安全性は計れる。なんせ雑魚だから。
残念ながらウィルスというのは上記したような薬局にある絵本の中のワンダーな生物ではない。
射程の短いフォークの突きを躱し、無造作に1頭身の顔面と胴体が一緒になった部分を蹴り飛ばし退治することが出来ればいいのだが、奴らはとても小さくとても賢い。
詳しくはわからんがすごい増えるし場合によっては特性を変えたり変身する。
実際彼らに脳みそだとか神経だとかそういった機能はないので重なり合った事象の轍に沿って水が流れるように広がっていく。それは非常に賢い。
小生の住む街と武漢は地図で見ると大体東京~青森間ほどの距離だ。
遠いっちゃあ遠い。
なにが問題かというと飛行機の直行便があり、現代ではそれはもうお隣さんという話。
春節休暇での中国国内はおそらくパンデミックに陥るであろうという話はあったが、4月時点での拡散域とウィルスの悪性にはほとんどの人が考え至らなかったと思う。仕事場のデスクの引き出しからタイムマシンに乗って大声を出しても「お前ちょっと大げさだよ」と一蹴されていただろう。ネコ型ロボットもお手上げの展開だ。
春節でのお正月休みで日本へ帰国する段階では「念のため上海東浦空港では人と離れてマスクは着けておいてください。」という程度。
帰りしな「コロナと言ってもただの風邪じゃ。でも折角の帰国期間に風邪は嫌じゃのう」と小生もマスク着用、トイレを見かけるたびに手を洗うようにした。でもその程度。
普段つけないマスクがとてもストレスになった。耳が痛いし鼻から排出したはずの空気が行き場を失い再び鼻腔に戻ってくる。気分が悪い。手もカサカサだ。
ボーディング前にベンチで隣に座った爺さんはマスクを外して空のペットボトルにドラムロールを奏でて痰を吐き続けていた。
2月1週目
無事か無事でないのか定かではないが無事帰国。
日本に帰ってきてから「コロナイジり」を千葉で1万回、関西で5万回、計6万回受けた。ただその頃を思えば、みな遠い国の話題と目の前に偶然いる小生を無理やりにでも結び付けた自身と関係のない冗談だった。
帰国してまずは関西の会社に出社すると
「こっちくんな!」
「コロナや!コロナがきたで!」といった挨拶から始まる。
関西人が言うところの「久しぶりだね」「元気だった?」という意味である。
入社当時の小生なら一人ずつ胸倉を掴んでいただろうが4年目にもなると瞬間的な超訳が可能になる。我ながら成長したものだ。
部署挨拶に行くたびにそういった手荒い歓迎があったため、やり返さねばと挨拶中に激しく咳き込むというギャグをかましたのだがどの部署でも一切反応がなかったのは未だ根に持っている。
日本の会社では小生以外は誰一人マスクを着けていなかった。
2日間出社し仕事を終えたところで千葉の実家に帰省。
筆頭株主 兼 社長により慌ただしく年末に中国へ強制送還され「1月1日だけ祝日なので中国工場もお休みです」という驚愕のお正月休み消滅の事実を知り絶望と憎しみに暮れていた小生。
そんな日本の正月休みを堪能できなかった小生の久しぶりのお休み。
闘う男は常に心の港を持っていなければならないのである。
地元を離れ就職すると長期休みの帰省は大変貴重で尊いモノなのだ。
邪魔をする者が現れればシバき倒し、山が有れば登り谷が有れば越えてまでも満喫したい。「長期休みで旅行行こうぜ」より地元に帰りたい。
地元を離れると仕事の友人かそれ以下の単純な繋がりしかないので心を許した人間がほとんどいない。大人になってからお友達を作るのは非常に難しい。
地元には家族がいて愛する猫がいて、友人が大体いる。見知った街だ。
ある程度都会なのでサイゼやドンキ、ブックオフといったイカした今どきの若者御用達ハングアウトプレイスもある。
何が言いたいかというと長期休みは速攻で帰省して地元に長居したい。
長期休み中の会社のBBQなど言語道断のファックオフなイベントで毎度断っている。
形振り構わぬ必死さなのだ。
遠方で就職した人間にしか理解できない感情だと思う。
きっと同じようにしてJames Bayもハートフォードシャー州の実家を思い出しながらHold back the riverを書いたに違いない。
5日間程度の休暇を堪能したところで先に中国へ戻っていたボスから電話があった。
「ニュースで見ていると思いますがひどい状況になっています私は職場に行っていますが現地スタッフとは別の部屋で2週間隔離近所の飲食店もマクドとケンタッキー以外は閉まっています小生くんには自宅待機を命じますその間に領収書切って出来る限りマスクを買っておいてくださいそれを後日DHLで中国へ発送してくださいでは。」
息継ぎをしたタイミングが分からないくらい早口だった。
2月2週目
この辺までは小生も「お、いいね。休み延長でゆっくりできるやん。」と鼻くそをほじりながら猫を愛でていた。なんとなく鼻くそをほじった指を猫の鼻先に差し出すと舐めてしまった。可哀想なので急いでやめたが可愛い奴だ。
千葉の片田舎に釣りに行くついでにドラッグストアに寄ってはマスクを買った。
病児保育をしていた母親も仕事の伝手でマスクを買ってきてくれたりもした。
2月3週目
snsでも近所の井戸端会議でも「マスクが売切れ」という話が出始めた。
相も変わらず実家で猫を撫でながら鼻くそをほじりのうのうと過ごしている。
2月4週目
当初は様子見の自宅待機だったが2週間目に差し掛かったところで関西出社の命が下った。会社も小生のようなスーパールーキーを遊ばせておきたくはなかったのであろう。
愛猫ちゃぴもんとの別れを惜しみつつそろそろ暇だな仕事するかという気分にはなっていた。なんせ休暇のタイミングがずれているので友人ともなかなか会えないしやることが無くなってくるのだ。
関西出社も短期間の様子見って話だしマンスリー契約のマンションかホテル暮らしかぁ。とか思いながらスーツケース一つ持って関西に戻った。
電車を乗り継ぎ新幹線に乗り長距離バスでド田舎の本社に帰る。
長距離バスから降りた時はいつも「相変わらずくせぇ町だな」と呟くようにしている。
会社着。
開口一番総務から
「小生くん、この前まで寮いたからホテルじゃなくてまた寮ね。」
膝から崩れた。
力が抜けたのではなく絶望の表現としてわざわざ膝を折って地につけた。
駐在する前の2年半、耐え忍び住んでいたあの伏魔殿に再び戻るのか。
寮と言っても社会人の住むような寮ではない。
埃と蜘蛛の巣だらけの廊下、半年に一回しか清掃しない共同トイレと風呂、魚の臓物が放置され大量に未知の菌が繁殖を続けるキッチン。時折玄関先に血の付いたイノシシやシカの首が転がっている。数年前までは鵺や鬼の首も転がっていたという。
居間にも吸い殻の山が出来ておりタバコと信じているがこの劣悪な環境下で平静を保つために吸ったら気分が良くなる類のものかもしれない。
思えば私が住んでいた頃も30歳前後の成人男性が夜な夜な居間に集まり裸になって陰毛を燃やして「祭典だ!」騒いだり、同じく裸になり【パンクラチオン】という古代ギリシャ文明で行われていた格闘技を突如として始めたりおかしいなと思う点はあった。その時は全員ラリった人間の目をしていたと記憶している。
そんなところに未だ平然と暮らす後輩という名のデーモンとゴブリンの群れ。両者の違いは判らないがそんなところに平然と住む彼らがその類の生物であることは間違いない。
住んでいるとだんだんと麻痺してくるが、過去に私の部屋に泊まりに来た二つ下の妹、ベトナムで猫やカエルを食べながら数年生活を送っていた友人も口を揃えて「あそこはマジ汚ねぇ」と言っていた。
人間の皮を被った野良デーモン達とまた過ごさなければいけないのか。
元の部屋のベッドとか家具なんかは退寮する際にデーモン達の強奪にあい何もない。
やはり小生のような良識のある人間はこんなところ住めない。
そもそもこの季節に布団すらねぇしよ。どうすんのよ。
抗議の姿勢で再び総務に連絡すると
「寮なのはごめん。でも社長の運転手が早朝出発とかに使う当直部屋があるからそこ使って!」
資本主義の奴隷であるサラリーマン小生に拒否権はない。
103号室。
6畳1間で真ん中にちゃぶ台、床に直置きされた安いマットレス。ぼろぼろのシーツが掛かっている。ラジエーターから轟音のする冷蔵庫。壁と家具の隙間には息絶えたカメムシや蜘蛛の抜け殻が埃に絡まって転がっていた。本当に当直室といった感じだ。
あぁ、床が冷たい。
松脂のような運転手のおじさんの匂いに包まれ目を瞑った。
コロナと小生の話 (上)
中国に住む話(下)
中国に住む話(下)
入社して早々、「物怖じしないで喋れる。あとタッパがそこそこある」という会社的には至極真っ当だという理由で営業職に就いた。社内でも自称花形部署らしく、数年の下積みをしてから営業配属になるらしいが小生の年は社長の鶴の一声で新入社員2名が即営業配属となった。
「お前らは恵まれとんのやぞ」妬み
「関東便がイラつくねん」疎外
「かわいないわ」好み
というような洗礼を受けつつ虎視眈々と狙うは駐在員。
「危害は加えない、小生も頑張って愛想良くするから意地悪すんな。」
営業の仕事自体は嫌いではなかった。
気の合う取引先とはタバコを吸いながらコーヒー啜って商談という名の趣味の話に花を咲かせ、気になるものを買い物してそれじゃ来月また、で仕事になった。
いろいろポカもやらかした。商材を破壊したり、未だに悪夢を見るトラウマ事件を起こしたこともある。
毎月2,3週間の長期出張で会社に居なくてよし。なんやかんや言ってくる先輩上司にも数字を取れば「仕事はしてます。」と言えると思えて別に怖くはなかった。実際そんな口を利くとぶん殴られるので気持ちの問題だった。鞘から抜かずとも腰にぶら下げておけば背中を丸めて会社の廊下を歩かなくて良いのである。
次第に可愛がってくれる先輩上司も出来てきたが一方で体育会系内輪感などに辟易してきた。取引先でも社内でも他人の顔色を伺うのが仕事になってきたのも糞ポイントの一つだった。
そんな折に鬼と人間のハーフと噂されている鉄拳制裁で有名な鬼次長から呼び出された。
イメージ的にはこの鬼が一番近い。
鬼 「おいお前、ちょっとえぇか」
小生「はひぃ」
鬼が本社担当している業界最大手チェーンの小売部で仕事をしたばかりだった。
その仕事はこうだ。先方のライバル会社が出している地方一番店のある目の前に喧嘩を売るように新店をオープンするというものであった。2車線の道路を挟んだ向かいである。
担当として白羽の矢が立ったのはもちろんその地域担当であった小生。加えて一番の目玉が当社の販売スペースとのこと。まじすか。そこからは商材確保と販促用の資料やパネル製作に追われた。みなし残業に泣きながら度々鬼から「貴様、わかっているだろうな」という抽象的な恫喝とも確認作業ともとれる声掛けを受けた。真顔でハイと言いながら小便をチビらないように丹田に力を入れ仕事をした。
結果は無事成功。オープンセールスの数字も申し分なかったしそれ以上に製作した資料が評価された。
「淡々とした説明じゃなくて理屈抜きにお客様が熱く魅入るようなヤツをお願いします!」
という雑な指定に自社ナルシシズムをふんだんに散りばめた脳がとろけそうなポエムに近い解説や「格好つけすぎくらいの痛いやつをお願いします」と発注した自社工場の職人の写真が担当者と役員にバカ受けした。
そこから先方本社を通して新店オープンの際に度にその資料を使ってくれている。
今年の業界全体展示会でも当社ブースで使ってもらえる予定で小生も非常に嬉しく思っている仕事だった。いろいろポカをしたりしたがこれだけは自慢だ。
そんな仕事の後だったのでなんの話かと思ったら
鬼「この前はご苦労さん。んで、お前営業続ける気はあるのか。」
鬼がいつもより皺を深くしてこっちを見ている。
小便をちびった。丹田に力が入らぬ。
なんだやらかしたのか俺。成功したじゃんかこの前のやつ。
――――めちゃくちゃ久しぶりに大人に殴られるのか!
小生「ありがとうございます。もちろんまだまだやり切れて無い事もあr….」
鬼 「海外志望だったよな。駐在の席空いたで。中国。今から部署移動して赴任準備にどれだけ時間必要か知らんが話がきた。お前、営業部とソレどっち取るんや。どないする。」
試されている。鬼の部下として契りを交わしスーツの下にトラ柄のパンツを履いて小鬼となり働くか、盃を投げ捨てパツイチ殴られ海外に行くか。鬼になれば営業職でもイカしたパーマと半裸OK、出世すればトゲの付いた棍棒を支給してもらえるという。
皺がさっきより2本ほど増えた顔でこちらをのぞき込む鬼。
小生「じゃあ駐在したいです。」
鬼も月まで吹っ飛ぶ衝撃の即答。そのためらいの無さは微妙な位置のこぼれ球ですら躊躇なくダイレクトボレーをぶっかます元イングランド代表のミスター中距離砲 スティーブン・ジェラード(#4)の姿を思い出したに違いない。
その後鬼が「お前がいく赴任準備の部署の上長はクズ野郎だからなんかあったらワシに言え。中国が嫌になったらまた営業で引き取ってやる。行ってこいや。」と言ってくれた。直近の働きが良かったのを見てくれていた。入社以来、身内敵あるのみと思っていた社内で無敵の後ろ盾を得たようでいい気分だった。
製造部での研修が始まりぼちぼち仕事に慣れてきた9月末日、辞令が出た。
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2020/1/1日付で中国ね。
代表取締役社長
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といった簡素な内容であった。
まぁ正月休み終わってチョットしたら行くのだろうなと油断していたらVISAや税金などの関係で2019/12/22より中国駐在となったのだ。もちろん正月休みも無しときた。ふざけんな。
正月休みが無いことに腹を立て、門松のように社長室前の絨毯に座り込み断食ストを敢行しようか、それとも会社に恨みを持つ野武士たちをかき集め社員寮向かいにある社長本家邸宅に火を放ち闇討ちしようかなどと考えていたが年の瀬にそんなことラディカルなことをしている暇はないし「めでたくないな」と思い見送った。
しかしこれで目標達成。海外駐在確定万歳。
今のところ海外逃亡前に建てたプランは無事成功したといえるだろう。
うんうんよくやったと小生は小生自身を褒め称えたい。
2回ほど落馬させてしまったナポレオンもこちらを向いて拍手をしてくれている。
小生でなければ道半ばで死んでいたな、きっと。
よくぞここまでたどり着いた。えらい。
自宅前。
今までも海外に住んでいる時期はあったが南半球に居ようと何処に居ようといつでも帰ることが出来たしすべて自分の一存で決められた。
これが今回は会社という港を挟んでいるのでそう簡単にはいかない。
障壁である一方、保護され金を貰っている。仕方あるまい大人は辛いよ。
今までの大洋航路で小生の故郷の村から一番遠いところに来ているのかもしれない。
日本のTVショーが見られたり、電波が弱くてもネットがある。日本食屋もある。
しかし何より小生の愛してやまない故郷の村の名猫、『ちゃぴもん』に会えないのが寂しいところだ。給料が跳ねたからチャオチュールいっぱい買っちゃお。
今月末に春節休みで帰国する。帰省か。楽しみだ。遅れてきた正月よ。
そしてこれからも悪癖のようにネチネチとくだらない駄文を書いていくので覗き見してほしい。人と会いたくけど孤独な日や、通勤電車の中で放心してしまっている時間などに見てもらえるといいかもしれない。
中国に住む話(下)
中国に住む話(上)
中国に住む話(上)
元気だろうか諸君。小生は中国でつつがなく日々を送っている。
言えていなかった人もいるが中国赴任になったのよ。
目にも耳にも馴染みのないところだが人口450万人くらいのそこそこデカい街。
街は大河の河口に位置し古くから貿易で栄え、次第に製造の街になり今では立派な大都市だ。
会社が買ったマンションの13階にある一室。
亜熱帯地域なので窓を開けると少し肌寒く感じるがまだ南風と蚊が入ってくる。
食卓テーブルにテイクアウトのケンタッキーを広げ青島ビールの栓を抜く。
なんか書くか久しぶりに。海外で暇だし。などと新生活をボヤキつつ電子タバコを手に取りスパスパ吸う。
現在、小生が立っている境界線上から過去を振り返りここに至るまでをお話しよう。
大学3年の終わり、強固な意志で海外逃亡。
ダイヤモンドよりも固く鈍く瞬いていた。
2年間の休学逃亡劇の末、ギリギリ新卒枠という仮面が被れるうちに就職をした。
別段やりたいこともなく、心を割り裂いて作った薪を情熱にくべるほどのことは見つからなかった。考えたふりをして考えていなかったのか、そうだとしてもそれも仕方あるまい結局仮面を被ってしまったわけだから。
遡ること高校時代。
学力相応の高校に入学、成績真ん中、サッカー部、気の合う友人は少ない、面倒だと思った日は学校をサボる。一限に間に合えばいいだろうという合理的で賢明な判断のもと、朝のホームルームをボイコットした結果、年間遅刻回数は100を超えた。126回か136回が最高記録だったはずである。朝起きるのが遅い小生にとって間に合う電車に乗るのが当時一番の困難であった。一限の授業に間に合っているからいいだろ、と主張。学徒としてはあまり良くなかったようで母は激怒、内申点だの推薦だのなんか色々あるらしいがそんなもんは知らん。小生は困惑した。
憂さ晴らしによく聴いていたのがoasisと言うイギリスのロックバンドだった。
最高にクール。
周りはAKB48ブームでアイタカッターアイタカッターアイタカッターイェイキミニーなどという不可解な経を叫びながら踊り狂っていた。奴らを横目に聴くoasisは格別だった。
数年後、AKB48がアイウォンチューだのアイニージューだのやっている頃にoasisは「兄弟喧嘩」という理由で解散した。常々喧嘩をしていてツアー中にギャラガー兄弟どちらかが逃亡したり、殴り合いの果て鼻血を吹き散らかしながら解散だ!と幾度となく叫んでいた。
またすぐ復活するだろうと思っていたが2020年現在まで彼らの喧嘩は続いている。
仲良くしてくれ。
それでも当時は過去の海外版シングルカット等を中古屋で買い漁り聴いていた。
日本で売られている洋楽CDは基本的にアルバムだけなのでそれに収録されていない別テイクが録音されていたりするものを見つけるととても嬉しかった。
もちろん英詩の聴き取りも出来ないし、歌詞カードを見ても何を言っているか本当に意味が分からなった。和訳を見ても絶望的なまでに詩的で尚更であった。
ぜひ Champagne Supernovaという曲を聴いてほしい。
ただし歌詞を理解しようとすると意識が脳天を突き抜け、大気圏を飛び出しそのままの勢いで遥か銀河の端のとてもさみしくて暗いところあたりまで魂を放心してしまうので注意してほしい。小生くらいこの名曲を聴き込むとその狭間を行き来することが出来るようになる。
年老いて死を迎えた時、時代が進み散骨を大気圏外で行う「宇宙葬」が可能になり同年代の90年世代間で爆発的ブームが起きる予定。
その頃には一般的な火葬をされたガンダム世代があの世から恨めしく思っているだろう。希望者が膨大に増え、宇宙葬用に開発された「宇宙デブリの発生が少ない宇宙環境にやさしい素材」を使った打ち出したっきりのEcoマーク付きロケット便が大量に仕込まれマスプロダクションとしてパッケージ化される。大量生産、便数増加により費用もそんなに掛からなくなっているはずなので、そうなれば小生の亡骸は宇宙に散骨して欲しいと思っている。
散骨された小生が宇宙空間に漂う。星と共に粒子状になった骨はさながらシャンパーニュの泡のよう。
遠くで超新星が爆発。
泡が弾けた。
そのタイミングでこの名曲を流してほしい。
それくらい好きな曲だ。
そんな妄想はさておき、
「英語わかったらもっとoasis格好良いのかな。」
という理由で外国語系の大学に入学。
お気楽大学生活を謳歌しているうちに就活の時期に差し掛かる。
大学時代は本当に上記した1行くらいの短さであった。
「やりたいことねぇから就職あとでやるわ。やるやる。後でちゃんとやるわ。
なんか大学の同期もパイセン達も仕事してないやついっぱいいるし。」
自分に言い聞かせたのか母親とのせめぎあい中に言い放った言葉かは忘れたがこんなやり取りがあったと思う。
一度作戦会議。
ここが間違いなくターニングポイントになっている。
しっかりと建設的で実現可能な計画をダマがなくなるまでしっかり練らなければならない。
「そうだな、とりあえず海外逃亡しよう。」
ナポレオンもたまげて落馬するほどの大名案である。
ここでその辺の凡夫は無理に就職しようとして失敗または入社後のキャリアを考える暇もなく馬車馬のように働かされて2年目くらいから脳が溶解を始め汗と一緒に排泄されてしまい、過酷な長時間低賃金労働を強いられ少ない小遣いで小便にしかならない安い発泡酒を飲み、虚空を見つめながら涎を垂らして嗚咽して泣くのである。
酷い姿だ。小生にはここまでの未来は容易に見据えられた。
こうなってはいけない。
我が国では後付けでも後乗せでも採用側が「こいつにします」とした時の保険をたくさん持っている奴が好まれる。
ということは、海外逃亡は悪手に成りうる。空白の放浪期間、面接官も「海外に行った動機や得たものを~」という質問しやすいだけのしょうもない質問を「お前を試す質問だ」みたいな顔でしてくる。ここでうまく学業や就職後のヴィジョンに紐づけてやるとまぁ嬉しそうな顔をする。
どうだっていいだろう。
たまたま行き着いた先のダーウィンで見た夕刻のビラボンを横切る水牛のことは小生だけが知っている。
ただここは紛れもなく日本で、小生もその日本社会に属するのでこれでは困る。
ただの馬鹿な変人になってしまう。
なので英語専攻だったから英語圏で留学やらワーホリで働きましたっていえば逃亡の言訳が体の良い理由に様変わりする。
完璧なプランだ。
馬に乗りなおしたナポレオンが再び落馬するかもしれない。
その上で出来る出来ない関係なく「英語出来ます」一点ゴリ押しである程度なら就職先見つかるだろう。高校時代のロースクール出身なのに教師になった奇天烈先生が「駐在員とかになったら一流企業じゃなくてもある程度金貰える」って言っていたな。面白そうだし。ええやん。
なんとその間、7分くらい。
これは小生だから出来た天才的超高速打算であって凡夫には不可能な発想である。
全会一致で決議。状況開始。
何となくの道筋が見えてきた。
そこで唾を付けたのは某アウトドアメーカー。
現在小生の所属する秘密組織である。訳のわからないものを扱うより好きなものを扱おう。もしかしたら甘い汁も啜れるんじゃあないだろうかという考えもあった。動機が不純でも関係あるまい。誰が知ったことか。数十分の面接で見破れる奴など存在しないし小生もそこまでマヌケではない。
本社、多数の支部、自社工場が海外にあります、と。ふむふむ。グローバル企業だのなんだのやけに推しているね。
これはいける。
ちなみに会社HPでグローバルだ海外だと異様にプッシュしている中小企業は大体下記3点のどれかだ。
① 本当にグローバル
② 現在の会社のトップの功績が海外進出
③ 海外に行きたがらない芋社員ばかりで海外に行ってくれる若手が欲しい
単純明快。弊社も例に漏れない。なんだったら全て該当している。
口八丁と新卒仮面のおかげでうまく潜り込めた。しめしめと髭のない顎を撫でる。
ちなみにメーカーと言うのはいらっしゃいませのおじさんではない。作る方。
わかりやすく言うと靴屋ABCマートに就職したのではなくオニツカタイガーに就いたという訳だ。製品を作って販売店に置いてもらう方。
たまに「釣具屋さん?君がいらっしゃいませとか言うの??」という馬鹿な質問をしてくる輩もいたがもれなく千葉市青葉の森公園の雑木林の地中、あるいは館山市鋸南町沖水深50mの小岩礁地帯に沈めてきている。
行方の分からなくなった共通の友人がいたのならば謝罪しておこう。
続く
中国に住む話(上)
『美しく燃える森』
『美しく燃える森』
なんとロマンチックな言葉だろうか。
圧倒的に現実離れした詩的な言葉だ。
だって実際に森がバンバン燃えてたら「美しいねぇ」じゃなくて「あ!やばい!」って口からまず出るでしょう。
東京スカパラダイスオーケストラ / 美しく燃える森 - YouTube
いい曲。PCの人は聴きながら適当に見て欲しい。
サムネイルの民生が非常にブサイクなのが残念だが歌はとてもセクシー。
話変わって数年前のことだ。
うろ覚えだがフィリピンで会った友人がオーストラリアのキャラバンパークでの珍事件を教えてくれた。まずはその話から。
キャラバンパークとは平たく言えばキャンプ場。
オーストラリアに来ているバックパッカーや現地の旅行好きが集まるところだ。
そこでは知らない者同士でも夜な夜な集まり一緒にBBQをしたり酒を飲んだり、欧米人の中には大麻を吸って精神を解放させてしまっている輩もいる。
大抵のキャラバンパークは郊外にある。
そのため周りは基本的に森だったり山だったり。
たしか彼の滞在していたキャラバンパークもこれに溢れず隣が山だったと言っていた。
そこでみんなで集まってキャンプファイヤーをしていた時、すでに事件の口火は切られていた。いや、文字通り「火」が飛んでいたのだ。
みんなで楽しく火を囲んでいたはずがいつの間にか別の所から煙が上がってたちまち炎が燃え広がり、一目散に各々のテントや荷物を持って走って火の手から逃れたという。
その後も炎の勢いは止まらず、瞬く間にそのまま一つの山が焼けたらしい。
難を逃れた彼だが、火の気が立つ前に「あるもの」を見ていたのだ。
それは大麻でぶっ飛んでいたであろう欧米人が何を思ったか火炎瓶だか松明を森にぶん投げていたという一部始終である。
事件。それは事件だよ。そいつお縄。
が、山一つ燃えたんだから大事になるかと思いきやなんと
「自然火災」
という一言の前に問題は終結したという。
『む、無茶苦茶だ。
そんな簡単に片付けて良いのか?
自然火災って。
広大な山が焼けてなんだったら人も死ぬところだったのに。
というか自然火災って?
自然に山が燃える訳な…』
燃えるのです。
ここオーストラリアでは。
「美しいn…あ!やばい!」
もう仕事場の数キロ先で燃えている。しっかり煙が届いてる。
森が燃えてるよ。狂ってる。大事件。
焼畑とかそんなレベルじゃない。
ここでざらっと説明。
太陽エネルギーによって引き起こされる自然発火でブッシュファイアと言う。
(一部人為的な要因のものも含むけど今回はパス)
ゾンビに食らわすジョジョの波紋の話ではない。
今はジョジョの話は置いておいて。
非常に乾燥しているオーストラリアでは、落雷、草木同士の摩擦、放棄されたガラスなどによって集められた太陽エネルギーによって山、森、野原が燃えるのだ。
「ギャドン!」
先述した自然発火の最後の要因に関してはどう読んでもジョジョのエイジャの赤せk、
ジョジョは置いといて、
詰まる所、シーザー・アントニオ・ツェペリの最終奥義であるシャボンレンズと全くもって同じ原理である。
…枯れ木なんかが真っ黒に感光してしまったのである。
加えてオーストラリアに多く自生してるユーカリは油分を多く含んでおり燃えやすく広がりやすい。
注がなくても火に油なのである。
場合によっては農耕地や放牧地、終いには住宅地にまで広がることもある。
そのように危険が予期される場合、消火活動は消防隊やボランティアが行っている。
そして先に燃え広がるであろう地帯を囲むように先に燃やしてしまうのだ。
そう、炎を操るのだ!
なんとなくブッシュファイアを強引にねじ込んだジョジョ第二部で学んだところで本題。もうジョジョはいい。書くモノが突然バカっぽい方向に走り出してしまう。
仕切り直してブッシュファイア、今までのところ、突然の自然火災かつ太陽エネルギーによるものと非常にタチの悪い現象に思えるが一口に「災害」と言えない。
というのもこのブッシュファイアがオーストラリアの大自然のライフサイクルの中で一役買っているのだ。
今日、仕事終わりに宿の近くの森に一人でコソコソ行ってきた。
万一の事を考えてあまり一人で出歩くなと言われていたが「燃えた森に散歩に行かないか?」と誘ったところで快諾してくれるような人はなかなかいない。
燃えた森到着。焼け焦げた樹皮と炭色の地面を見れば過去にここまでブッシュファイア来ていたことがわかる。
なんだか少しティム・バートンの世界に入り込んだような視界。
ティム・バートン好きじゃないけど。
見るからにOverKilledな「死んだ木」。
散策中に見つけた廃車。車体とタイヤが焦げてないのでブッシュファイアが発生した時にはなかったものだけどもの寂しい感じがこの森の雰囲気にじっとり溶け込んでいた。
こいつは森と一緒に燃えていたかもしれない。森と同じ色をしていた。
ここまで寂しくて暗い「瀕死の森」に見えるが明るいものも。
真っ黒い樹皮から伸びた新芽。
焼け焦げてもう死んだ様に見えたが意外にも木は生きていた。
焦土を掻き分けて出て来た命の痕跡も発見。
新芽を食べるワラビー。ちらほら緑も見える。
ライフサイクルもうすでに始まっていた。
写真を見るとわかるのだけどブッシュファイアがあっても決してその土地が何も無い焼け野原になってしまう訳ではない。
樹木の下部だけ焦げたり、丸焦げになっても実は表面だけだったりと流石植物たちは我々が思うより逞しくしなやかなのだ。
これは聞いた話だが、ブッシュファイアの時に花が咲く植物や種子の放出をその熱を頼りに飛ばす樹木もあるのだとか。なんという生命力。
一方、炭になった植物や生き物はそのまま土に帰り新な命の芽吹きの手引きをする。
燃えた森は決して死なない。森は森の意思を受け継ぐのであるッ!
そう!!
それはッ…!
まさしく鮮血のシャボンッッ!
ジョジョのコマを挟むたびにバカバカしくてやってられないと思ったがオチまで辿り着いた。頑張った。
最初は「遠くの森が燃えてるのに何みんなそんなスンってしてんのさ!大丈夫かよ。」なんて思ってたけど今じゃもう僕もスンってしてる。「けむりくせぇ」って。
そういえば前に本で読んだ動的平衡というのはこういうものだろうか。
ミクロで見ると動いているけどマクロで見ると変わらない。
森は常にどこかが燃えているが大地は新しい芽を出しながら依然として一定の姿を保っている。
燃える事でライフサイクルが循環するなんてなかなか美しいサイクルと思えるし実際にブッシュファイアをこの目で見てみるととても美しい。
日が落ちた後のブッシュファイアがまた格別。
日本じゃ燃えた森をビール片手に眺めるなんてなかなか出来ないでしょう。
電話に持ち替えて119番。
今日も森は美しく燃えている。
芋掘り師、Darwinへ渡る。
半年もBundabergという田舎町で農業をした。
周りの友人がブルーベリーだったりアボカドだったりパッションフルーツだったりの何やら聞こえの良い仕事をしてる中、ほとんど芋掘りだった。
芋っぽい風体のせいだろうか、芋農場を5、6は渡り歩いて最後の農場では4ヶ月も「芋掘り特専隊」みたいなのに所属していた。
一番の古株だったし俺が恐らくギニューだったと思う。紫のやつね。
間違いなく80人位はいるであろうバッパーで指折りの芋掘り師になっていた。
余談だがケニア出身の友人が
「俺の国でWATARUは芋って意味だぜ。だから俺はお前の名前を聞いた時すでに芋農場で働いてるってわかったぜ」
と言ってきた。知るか。
88日間又は同じ農場で三ヶ月間働くと二年目のAUS滞在の許可が下りるビザを発行してもらえる。
そのビザを取得するだけの為に農業に従事し、それを終えたら駆け出す速度で大半の人はBundabergを離れて街に出て好きなことをする。
だから半年も滞在しているとよく
「お前なんで半年もいるんだ。ビザ取れたなら街に出ろ。芋掘り好きなのか?」
なんて聞かれる。
それが面倒というか、少しケツを叩かれて「こらお前ちゃんと走れ」と言われている気がしてうんざりしていたので最後の一ヶ月位は
「あと一週間でもうこの街出るよ。」
と適当放いていた。
そのせいでローカルの一緒に働いていたファーマーに
「よし最後の週末になるなら飲もう!」
と2、3回言わせてしまった。
結局最後の週末は彼と会う前にしこたま飲んで送られてきた英文の意味が理解できなくて彼とは会えなかった。
日本で会おうなアンディ。
話が逸れたが芋掘りは好きじゃなかった。
毎日砂だらけで顔の穴という穴から赤土混じりの汚れが出た。
鼻糞なのか鼻水なのかわからない赤土色の何かをシャワーを浴びながらスンスンして出した。
風呂上がりに耳かきをするとこれまた真っ赤な土が付いていた。中耳系統の病気かな?とも疑った。
眼も仕事終わりは毎回、コンタクトレンズを外して洗った後にまたつけ直していた。目頭から赤土の付いた目脂が出た。
芋のツルを掴みすぎて仕事の翌朝は手がグーの状態から開かなかったこともよくあった。
「こんな事長くやってられないなぁ。この先どうしたものか。とほほ。」
と考えているうちに半年経った。
要するに嫌々言いながら重い腰がなかなか持ち上がらなかったのだ。
22年くらい生きている訳だけど恐らく親父の金玉にいるうちから腰は重かったと思う。
この性格で生命誕生までの競争に勝てたのは他の優勝候補の精子達が無鉄砲に突っ走り罠か何かに引っ掛かったからだろう。
それを見ながら、あぁ、そんなに焦るから。とつぶやきその横を猫背で歩いて抜かしたに違い無い。
そして罠が無くなったのを指差し確認してから最後の直線だけ溜めておいた?力を振り絞って一気にゴール。
最近自分はこういう生き物なんだと実感している。
今回はある友人に手招いてもらって重い腰が上がった。丁度ケツの穴から根が伸び始めそうだったので助かった。うんこの事ではない。比喩だ。
合縁奇縁でAUS二日目に一人寂しく教会で夕食を取っていたら彼から声を掛けてくれて知り合った。
一度彼はBundabergを離れたのだけど良い仕事がありそうだったのでその後僕から「戻って来ませんか」と言ったら色々あって戻って来てまた同じバッパーで働いた。
そして少し前に彼がまたBundabergを出て新たに豪州北部にある国立公園で仕事を初めてどうやらまだ空席があるとのことだったのでおんぶに抱っこで新しい仕事場が決まった。
そこからは例のお得意ラストスパートで二日の間に準備と別れの挨拶を済ませてBundabergからおさらばした。その時彼が「恩返しができました」と言ってくれて恐れ多いなと思いながらも良い「ご縁に恵まれたなぁ。なむなむ。」と手をこすり合わせてDarwin行きのチケットを取った。
あとやっぱりバラマンディへの恐ろしく強い憧憬があった。釣りたい。バラマンディが釣りたい。
そして現在Darwin空港にいる。
経営者が多忙?の為コンタクトを取るのですら少々骨が折れるといった状況で既にこれを書きながら13時間は経っている。
スムーズなのかそうでないのかわからないけれど確かに前進はしてる。
面白そうな所に滞在するのでまた近々。
媒体無しのアジカンと闇に吸い込まれたしょこたん。
アジカンの新アルバム『Wonder Future』をオーストラリアで聴きたかったのでオーストラリアのiTunes storeで購入した。
1オーストラリアドル96円換算で11曲入りのアルバム一枚が17ドルなので約1630円、
日本のiTunes store日本円だと2100円
ちょっと安い。
通常盤のCDの価格は税込3146円。
曲だけ聴きたいというなら一番安い。
な、なんと。
違いは日本版だと曲名が『English / 日本語』と表記されているのが『English』のみ。
あとアーティスト名が全てキャピタルではなく『Asian Kang-Fu Generation』と表記されているという細かな点のみ。
但し海外でiTunes cardを購入した場合、新たにその国(今回はAUS)でのアカウント・ストアの変更をしないといけないので注意。
これが面倒。このせいで30分は格闘。
何度か一曲だけネットからダウンロードしたことはあったけど今回は初めてアルバムという単位で買った。
いや、便利なもんだ。渉外
泥だらけのワークシャツで芋畑から海を渡ってタワレコ千葉店に足を運ばなくても、海外版がリリースされるのを待ったなくても、ネットでダウンロードすれば見えない電波に乗ってアルバムがやってくる。
スピーカーから同じ振動が色々な障壁をいとも容易くビョコッと飛び越えてくるのだ。
なんだかロマンチックにも思えるしとにかく感動。魔法だねもう。
まあ日本に帰ったら結局CDでも買うのだけれど。
やっぱりジャケットがあって歌詞カードの匂いを嗅ぎながら耳で聴こえた歌と歌詞カードの文字に目線を並走させたい。
それにデータだと元の媒体が手元にないし、なんとなく温かみが無いのでなんとなく索漠としていて不安。
CDもレコードと違ってデジタルデータだけどディスクやらジャケットやらの媒体があるからレコード程では無いけれど、俺にとっては一番親くて温かみが残っている。手で触って「ちゃんとここにある。」と感じられるし、懐に隠し忍ばせて「これは俺だけのものだ!」ってやろうと思えばやれる。
と言うのも昔、iTunesで別のアカウントで購入した曲が聴けなくなってしまったことがあった。新しいアカウントを作って前のパスワードを忘れてしまったからだ。
おかしな話でデータとはいえ購入した物がその後も見えない紐で売り手に束縛・拘束されて、時にひょいっとその紐を引っ張ってどこかへ隠してしまう。
パスワード確認時のヒントで「最初に飼った猫の名前は?」という質問に答えても、
「違います。」
と。違くないよ。合ってるっての。お前チビにあったことないだろ。パソコンのくせにうちの猫をそんな名前じゃないだとかそんなこと言うな。生意気な。
そのせいで俺は天元突破グレンラガンでハマった『しょこたん☆べすと――(°∀°)――!!』の『空色デイズ』を3年近く聴けていない。
「君は聴こえる?僕のこの声が
闇に虚しく吸い込まれた」
しょこたんへ、君の声はセキュリティに阻まれて俺の所まで届いてないよ。
言葉通り闇に虚しく吸い込まれたよ。
俺の心のドリルもセキュリティは貫けない。
こればっかりは根性論ではどうにもできないからさ。
ね、アニキ、シモン。
ダウンロードでなくCDならば棚から出してディスクドライブに入れれば済む話だ。
最初に飼った猫の名前なんかも鬱陶しく聞かれない。
ところでCDを買った場合とダウンロードした場合、作者に直接利益が届くのはどれなんだろうか。
作者本人でなくても携わってる人間にペイするのは構わない。
ただマージンを取られるのは気に食わない。
音楽業界にベットするためのチップになるならいいんだけど私腹を肥やすコインチョコになるなら払いたくないよという話。
まぁでも握手券なんかみたいにCDを売り飛ばすための欺瞞に満ちた夾雑物が無いという点でダウンロードはすっきりしてていいかなぁと思う。
本当に曲だけを買っているわけだから。
なのでオリコンチャートなんてカオティックな物差しよりはiTunesとかの売れ筋を見た方が正確というか截然と「売れている曲」を測れる。
なにより今回のように海外に居たり、店頭までCDを買いに行くのが億劫だったりする時は非常に便利。
選択肢が増えてニーズによって買い別けられたり、場所・時間を問わないという仕組みは素晴らしい。
最近はレコードブーム復活もあって、レコードのおまけに楽曲のダウンロードコードが付いていてアナログを買ってもデジタルで聴いたり持ち運んだりもできる。
逆にデジタルで買っていても希望者には後々アナログが手元に届くなんて仕組みがいつか、どこかがやってくれたらいいなぁ。
手数やコストはもちろん掛かるだろうけど地道な土台作りからまた90年代みたいにみんな音楽を買うのがもっと手軽で集まればそんな話ができる時代がくるときっと楽しいと思う。砂山を高く築くには何度も頭を潰して大きな土台を作る必要がある。
そんな様に二極で相克する事無く一緒に出来たりもっと中間のなにかいい具合の仕組みができたらいいな。
要約すると「海外いて日本のCDすぐ買えないからダウンロードしたけどやっぱり帰ったらCDで欲しい。でもフルプライスは払いたくないからいつかなんとかなれ。いや、そうしろ。」という吝嗇家の我儘でした。あと買った後のパスワード確認無くなれ。ファック。以上。
豪州で生の牛タン一本買ったけれど下処理方法を知らなかった男の話。
オーストラリアに来て最初、パンだけ食ってた。パンとジャム。
そのうち仕事に必要なエネルギーが足りなくなったので肉を買うことにした。
肉の中でも格安の挽き肉と目視だけでは何か判別不可能なピンクの肉塊(100%肉だと信じたい)の腸詰を買って食べた。
2週間も経つと肉の形を成していない肉は食い飽きた。
「ちゃんとした肉が食べたい。」
俺の食道内に住んでいる細胞がそう言った。それか普通に俺が言ったのかもしれない。兎にも角にも確かにそう聞こえたのだ。
そして近くのスーパーで犬の餌用『チキンの首』と同じ袋に入っている人間用『鳥の手羽』を買った。
2キロパックで8ドルくらいだったのでよく買って食べた。
ある日働いていた農場のオーナーであるジムに仕事中、
「おいニンジャ、お前いつも何食ってんの?寿司?」
と聞かれたので重宝している2キロ鶏肉の話をしたら眉をひそめて
「あんまり食い過ぎるなよ。あれはあんまりヘルシーじゃないからな。」
と俺の食っている鶏肉と同じ袋から『チキンの首』を投げて愛犬モンティに食わせながらぽつりと言った。(もう働いていないけれどこのハーブ農園で俺の名前はニンジャだった。)
聞いたところによるとステロイド漬けにされた雛は鶏になるまで二週間だと言う。
馬鹿な。二週間じゃウズラが良いとこだろう、と彼の話は眉唾物だったが肉の価格を思い出すとまんざら嘘でもないのかもしれんぞ、とも思った。
ステロイド注射を打たれた雛達はたちまちニワトリのそれを超越した成長・肉付き見せるという。
ジム曰く、二週間でシュワちゃんとかスタローンみたいなのが完成すると。
最新の劇場版ドラゴンボールの亀仙人のじっちゃんがすごいらしいけれどもあれはきっとステロイドだよ。エロじじいからドーピングじじいだよ。
そんなステロイド肉を体に入れたくない。俺は偏食だができるだけ得体の知れないモノや収穫されるまでのオーガニックな工程を無視した食物はできるだけ摂らないようにしていた。中田英寿タイプの人間なのだ。日本にいた時はね。
正直今はあんまりそんな余裕もない。だからつい最近もステロイド鶏肉を買った。
でも食う量を減らした。
そこで発見したシルベスタ・スタローン以外の格安肉というのが
『動物たちの臓物とマイナーパート』
アジアと違ってどうも欧米人は内臓やら顔面の部位を食うのをあまり好まないらしい。
ちょっと気持ち悪いもんね。わかる。
ただオーストラリアは移民国家なのでアジア人も多くスーパーに行けば安く買える。
『安いものを買う』ということは『裏で生産者や誰かがその安さのせいで泣いている』と言うがこのマイナーパート達は別だ。生産者やブッチャー側としても無駄がないし、奇妙な見た目の彼らは売れないせいで安くなっているのでそれを選択する消費者としても嬉しい。精肉になるよう産まれて来た畜産動物以外はみんなハッピー。
そして俺は牛の舌を買った。
牛タン。
まさかオーストラリアで牛タンを食えるとは。しかもキロで4ドル。
オーストラリア来る前に友人が
「オーストラリア行ったら牛肉安いからステーキ食い放題!」
って言ってたけど俺にはまだ厳しい。
確かに物価の割に牛肉は安いが安定した稼ぎが入るまでステーキ生活はお預けだ。
それまでは臓物のスープと頬肉でも食って生活しようと思う。好きだし。気持ち悪いけど。
袋から出してまな板に巨大なベロを置いた。
なんだか突然不安になって来た。
買ったはいいが俺の知ってる『肉』の牛タンではない。
当たり前だが本当に肉というよりは丸々一本の『牛のベロ』だ。
なんだか突然恐怖を感じてとりあえず半分に切ってみた。
あれ?なんか違う?
俺の知ってるアレじゃない。
ひらひらの焼肉屋で出てくるピンクのアレじゃない。
怖い。
なにより下処理の仕方を知らない。
正直切って焼けばいいだけだと思ってた。
なんか舌の皮?すごいギザギザがある。
これは皮を取り除かないと食えなさそうだ。
適当に調理して失敗して楽しみを潰したくはない。
負け戦はしたくない。
牛タン好きの日本人含むアジア勢には「美味い牛タン食わせたる!」と宣言してしまったしその他欧米人の野次馬も見ている。
断腸の思いで戦略的撤退を選んだ。
恥ずかしかったがひとまずジップロックに隠すように突っ込んで冷蔵庫に戻した。
キッチンにいた欧米人の野次馬達は不気味に思っただろう。
アジア人が奇妙な肉塊を怯えた顔で半分に切ったと思ったら悔しそうに袋に入れてキッチンから出て行ったのだから。
なんなんだよあの皮!あんなの見たことないし切り方すらわかんねぇよ!
牛タンってもっと簡単に食えると思ったのに。クソがっ!
メロス俺は激怒した。必ず、あの皮を除かなければならぬと決意した。
俺は下処理方法がわからぬ。俺は村の農民である。
もう太宰治状態。
とりあえず近くのwifiスポットまで走った。
冷蔵庫では腐敗やバクテリアの侵略に怯えながら半分に切られたセリヌンティ…牛タンが俺の帰りを待っている。河が氾濫していようが盗賊に襲われようが下処理と調理の方法を調べて俺はキッチンに戻る。そして美味しく調理する。
調べると「下処理の面倒くささに過去に帰って自分に買うなと忠告したい」とかそんな悲しみや怒りが多く綴られていたが俺は挫けない。挫けてはいけない。セリヌンt…
ある種の使命感のようなものに駆られyoutubeで下処理の動画を観てイメージトレーニングをしながらキッチンに戻った。幸運にも河の氾濫も盗賊からの襲撃も道中無かった。コンクリートの歩きやすい道を斎藤和義を聴きながら往復しただけだった。
キッチンに戻り磔刑にされていたセリヌンティウス牛タンと感動の再会を果たし有無を言わさず掴みかかり今度はまな板に置いた。
太宰ごっこはおしまいだ。今からお前を切る。
またしても周りの外国人が「な、なにそれ。牛のベロ?クレイジー。」「気持ち悪ぃなんだそれ」と完全見世物状態。野蛮な黄色人種が下品なものをキッチンに持ち込んだ、という空気が充満していたが気にしない。文句を言う奴がいたら塩胡椒振って焼いたベロをベロの上に乗っけてやる。という意気込みで調理を続けた。
鋭い包丁があれば普通に皮を削げるのだがバッパーのキッチンにそんな代物はない。
存外に扱われたボロのなまくらしかない。
やってみたけど勢い余って手を切るのが見えたので止めた。
苦戦している俺に一緒にいた日本人が「少し茹でてから切ってみれば?」とアドバイスをくれたので素直に従った。
煮込んでも美味そうだな、と思った。
↓白いのが皮
煮込んでも削ぐようには切れなかったので輪切りにしてから細かく外側の皮を切り落とした。
恐ろしい巨大な肉塊が輪切りになって皮がなくなるとだんだん見知った肉になってきてとても嬉しかった。写真は撮ってないがなんとなく形がオーストラリア大陸にも見えた。
そしてついに切り終わり塩胡椒とネギで炒めて完成した。延べ1時間半。
タッパーに入っているし見た目はあまり良くはないが美味かった。
でもやっぱり炭焼きにはしたかった。
勝手に焼肉を妄想していたので食べて「なんか違う…。」と言ってしまったが今度BBQに行くときに必ず持っていくと誓った。
そんなこんなで「時間と手間さえかければ不気味な見た目だが安く美味しい肉が食える」ということがわかった。
あとやっぱり出来なかった事が出来るようになったら嬉しい。今後、生の牛タンを一本買ってきて下処理をする機会はほとんどないだろうけど。
海外で会う日本人でたまに「節約して貧しく厳しい生活・旅行をしている方が偉い、タフだ、賢い。」なんて見窄らしい自分を肯定して勝ち誇ったように話してくる奴がいるけれどそれには同意しかねるし心の中でミドルフィンガーを突き立てている。
オーストラリアに来てから口に糊して生活している。多分一食3ドルくらいで済ませている。が、決して節約して貧しい生活を送るために来たのではない。あくまで金も貯めて充実した生活も送る。それは曲げない。
その最たる例が今回の牛タン下処理だった。
次は頬肉テールレバー何を調理してみようか。