中国に住む話(下)

中国に住む話(下)

 

 

入社して早々、「物怖じしないで喋れる。あとタッパがそこそこある」という会社的には至極真っ当だという理由で営業職に就いた。社内でも自称花形部署らしく、数年の下積みをしてから営業配属になるらしいが小生の年は社長の鶴の一声で新入社員2名が即営業配属となった。

 

「お前らは恵まれとんのやぞ」妬み

「関東便がイラつくねん」疎外

「かわいないわ」好み

 

というような洗礼を受けつつ虎視眈々と狙うは駐在員。

「危害は加えない、小生も頑張って愛想良くするから意地悪すんな。」

 

営業の仕事自体は嫌いではなかった。

気の合う取引先とはタバコを吸いながらコーヒー啜って商談という名の趣味の話に花を咲かせ、気になるものを買い物してそれじゃ来月また、で仕事になった。

いろいろポカもやらかした。商材を破壊したり、未だに悪夢を見るトラウマ事件を起こしたこともある。

毎月2,3週間の長期出張で会社に居なくてよし。なんやかんや言ってくる先輩上司にも数字を取れば「仕事はしてます。」と言えると思えて別に怖くはなかった。実際そんな口を利くとぶん殴られるので気持ちの問題だった。鞘から抜かずとも腰にぶら下げておけば背中を丸めて会社の廊下を歩かなくて良いのである。

次第に可愛がってくれる先輩上司も出来てきたが一方で体育会系内輪感などに辟易してきた。取引先でも社内でも他人の顔色を伺うのが仕事になってきたのも糞ポイントの一つだった。

 

そんな折に鬼と人間のハーフと噂されている鉄拳制裁で有名な鬼次長から呼び出された。

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イメージ的にはこの鬼が一番近い。
 

鬼 「おいお前、ちょっとえぇか」

小生「はひぃ」

 

鬼が本社担当している業界最大手チェーンの小売部で仕事をしたばかりだった。

その仕事はこうだ。先方のライバル会社が出している地方一番店のある目の前に喧嘩を売るように新店をオープンするというものであった。2車線の道路を挟んだ向かいである。

担当として白羽の矢が立ったのはもちろんその地域担当であった小生。加えて一番の目玉が当社の販売スペースとのこと。まじすか。そこからは商材確保と販促用の資料やパネル製作に追われた。みなし残業に泣きながら度々鬼から「貴様、わかっているだろうな」という抽象的な恫喝とも確認作業ともとれる声掛けを受けた。真顔でハイと言いながら小便をチビらないように丹田に力を入れ仕事をした。

結果は無事成功。オープンセールスの数字も申し分なかったしそれ以上に製作した資料が評価された。

「淡々とした説明じゃなくて理屈抜きにお客様が熱く魅入るようなヤツをお願いします!」

という雑な指定に自社ナルシシズムをふんだんに散りばめた脳がとろけそうなポエムに近い解説や「格好つけすぎくらいの痛いやつをお願いします」と発注した自社工場の職人の写真が担当者と役員にバカ受けした。

そこから先方本社を通して新店オープンの際に度にその資料を使ってくれている。

今年の業界全体展示会でも当社ブースで使ってもらえる予定で小生も非常に嬉しく思っている仕事だった。いろいろポカをしたりしたがこれだけは自慢だ。

 

そんな仕事の後だったのでなんの話かと思ったら

「この前はご苦労さん。んで、お前営業続ける気はあるのか。」

鬼がいつもより皺を深くしてこっちを見ている。

小便をちびった。丹田に力が入らぬ。

なんだやらかしたのか俺。成功したじゃんかこの前のやつ。

――――めちゃくちゃ久しぶりに大人に殴られるのか!

小生「ありがとうございます。もちろんまだまだやり切れて無い事もあr….」

鬼 「海外志望だったよな。駐在の席空いたで。中国。今から部署移動して赴任準備にどれだけ時間必要か知らんが話がきた。お前、営業部とソレどっち取るんや。どないする。」

試されている。鬼の部下として契りを交わしスーツの下にトラ柄のパンツを履いて小鬼となり働くか、盃を投げ捨てパツイチ殴られ海外に行くか。鬼になれば営業職でもイカしたパーマと半裸OK、出世すればトゲの付いた棍棒を支給してもらえるという。

皺がさっきより2本ほど増えた顔でこちらをのぞき込む鬼。

 

 

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小生「じゃあ駐在したいです。」

鬼も月まで吹っ飛ぶ衝撃の即答。そのためらいの無さは微妙な位置のこぼれ球ですら躊躇なくダイレクトボレーをぶっかますイングランド代表のミスター中距離砲 スティーブン・ジェラード(#4)の姿を思い出したに違いない。

その後鬼が「お前がいく赴任準備の部署の上長はクズ野郎だからなんかあったらワシに言え。中国が嫌になったらまた営業で引き取ってやる。行ってこいや。」と言ってくれた。直近の働きが良かったのを見てくれていた。入社以来、身内敵あるのみと思っていた社内で無敵の後ろ盾を得たようでいい気分だった。

 

製造部での研修が始まりぼちぼち仕事に慣れてきた9月末日、辞令が出た。

 

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2020/1/1日付で中国ね。

 

             代表取締役社長

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といった簡素な内容であった。

まぁ正月休み終わってチョットしたら行くのだろうなと油断していたらVISAや税金などの関係で2019/12/22より中国駐在となったのだ。もちろん正月休みも無しときた。ふざけんな。

 

正月休みが無いことに腹を立て、門松のように社長室前の絨毯に座り込み断食ストを敢行しようか、それとも会社に恨みを持つ野武士たちをかき集め社員寮向かいにある社長本家邸宅に火を放ち闇討ちしようかなどと考えていたが年の瀬にそんなことラディカルなことをしている暇はないし「めでたくないな」と思い見送った。

 

しかしこれで目標達成。海外駐在確定万歳。

今のところ海外逃亡前に建てたプランは無事成功したといえるだろう。

うんうんよくやったと小生は小生自身を褒め称えたい。

2回ほど落馬させてしまったナポレオンもこちらを向いて拍手をしてくれている。

小生でなければ道半ばで死んでいたな、きっと。

よくぞここまでたどり着いた。えらい。

 

 

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自宅前。

 

今までも海外に住んでいる時期はあったが南半球に居ようと何処に居ようといつでも帰ることが出来たしすべて自分の一存で決められた。

これが今回は会社という港を挟んでいるのでそう簡単にはいかない。

障壁である一方、保護され金を貰っている。仕方あるまい大人は辛いよ。

今までの大洋航路で小生の故郷の村から一番遠いところに来ているのかもしれない。

日本のTVショーが見られたり、電波が弱くてもネットがある。日本食屋もある。

 

しかし何より小生の愛してやまない故郷の村の名猫、『ちゃぴもん』に会えないのが寂しいところだ。給料が跳ねたからチャオチュールいっぱい買っちゃお。

今月末に春節休みで帰国する。帰省か。楽しみだ。遅れてきた正月よ。

 

そしてこれからも悪癖のようにネチネチとくだらない駄文を書いていくので覗き見してほしい。人と会いたくけど孤独な日や、通勤電車の中で放心してしまっている時間などに見てもらえるといいかもしれない。

 

 

 

 

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