中国で釣りに行った話 (下)

 

前回は釣りの話をしようとしたら「太公望」という言葉を掘り下げすぎてしまい断念。今回こそ釣りまで辿り着く。

 

 

12月某日、出ろと言われたから「はいはいサービス残業ね」という気持ちで参加した日本人会の懇親会で釣り好きな他社の方に釣りに誘ってもらえたのだ。

 

日本人会と言えど社外の人間だ!と内心ウキウキの小生。

彼らにとって小生は年齢的に早く生まれた息子くらいになるのでウケがいい。

実際の親子だったら「このバカ息子が!怠け者!」と罵られるが、小生ですら余所行きで振舞えば「うちの愚息と比べてなんてしっかりしているんだ!」と錯覚を起こさせる事が可能なのだ。

 

日本人会でよく釣りに行くのは2人だけらしい。

みんなにも紹介しよう。

 

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1人はホソヤン。非常に温和で人柄が良く、「ゆっくりと海で釣り糸を垂らすのが好きなんですよね」というセリフが非常に似合うミスタージェントル。アニメ版の呪術廻戦のナナミンが優しく淡々と話すような感じのクセになる口調の持ち主。自称ゲテモノ喰いで好物は中華風茹でザリガニとスプライト。

 

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もう1人はサッサン。見た目が完全にプロレスラーの武藤啓二。腕毛のハゲ方からしておそらく柔道家阿部寛よりも声が低く、ぱっと見は威圧的だが話してみると意外と相手をしてくれて兄貴肌なタフガイ。近所の日本料理屋で会うと膝を折って少しお話をしてくれるほど丁寧で歳下相手にも礼儀を忘れない繊細さというか配慮がある。漁師町、沼津出身らしい。  

 

2人は同年代のようで40後半。 釣りはこちらに来てから本格的に始めたらしいが、今ではどっぷりハマり込み毎週末海に行っているという釣りキチコンビである。

二人しかいないが商工会釣り部と名乗っており、小生が釣りすると聞きつけて誘ってくれたのだ。

 

早速、週末に予定が入った。

2人の会社の現地スタッフである「シャアさん」という方も一緒に来るという。

ボートでキビレ釣りに行くって。

 

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キビレって魚。

下側のヒレの先が黄色いでしょ。だからキビレね。

そんなキビレと言えばチヌ釣りや筏のダンゴ釣りで来る雑魚。

カブトムシ捕りに行ってエンカウントするカナブンの様な存在だ。

 

チヌ釣り激戦区の瀬戸内、荒磯チヌゲームの山陰で鍛えられた小生の相手ではない。

ホソヤンにもサッサンにも悪いが格の違いを見せつけてやろうといった感じだ。

二人はちゃんとした大人なので腕前を謙遜していたがシャアさんだけは別格だと言う。

「我々はペーペーですが、シャアさんは上手いですよ。きっと勝てません。命賭けてますから。でも出来ればシャアさんの鼻っ柱を折って頂きたいですね。」

ホソヤンの落ち着いた口調で「命賭け」とか聞くとマジなんだなと妙に納得できてしまう。

 

  当日はシャアさんが車で迎えに来てくれた。

 

シャアさんは眼鏡をかけた仏僧のような見た目。寡黙だが機嫌が悪いわけではないんだなとわかる温和な雰囲気だ。よろしくシャアさん。悪い奴じゃあ無さそうだが鼻っ柱をぶち折らせてもらう。ジャパンプライドだ。

日本から応援してくれている 1億2335万2千人の期待に応えなければならない。

 

 

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残念なことに「沼津港の武藤啓二」ことサッサンは前歯のインプラント治療を受けたところ顔面が腫れ上がり発熱、よって不参加。武藤ではなくまさかのディック・マードックであった。

 

ということで今回のメンバーはシャアさん、ホソヤン、小生の3人。

ホソヤンが淡々とスケジュール説明を始める。

 

1時間の車移動

朝ごはん

お昼ご飯の材料調達

釣り餌のエビの調達

シャアさんのボートで15分くらい沖に出て釣り開始

腹減ったタイミングでシャアさん特製の牛骨粥をいただく

15時くらいに終了

17時~18時くらいに帰宅  

 

まさかのボートの主であったシャアさん。船上調理とかするあたり彼がガチ勢なのがそこはかとなく伝わった。  

というか今回の釣り自体、シャアさんに連れて行ってもらうということか。

 

 

道中、シャアさんの車では朝から爆音で中国ポップスが流れる。

たまに流れるマイケルジャクソン。これはいいね。Man in the mirror 流れた。

 

爆音の後部座席でホソヤンと釣り談議に花を咲かせていると現場到着。

とりあえず朝飯は屋台でお米の麺。

小生は朝めしを食うと昼まで胃が凭れてしまうためペプシを頼みクールに乾杯。

「なんなんですかね。なんかどこで食べても生臭いんですよねこういうスープ。」とホソヤン。わかる。

 

シャアさん、というか中国の方はがっつり朝飯を食べる。量が多すぎてホソヤンが1/3しか食えなかった麺をすべて食べた。朝飯で日本の「ラーメン 大」くらいの大盛をペロリ。

 

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腹ごしらえをしたところで今度は昼飯の具材調達へ。

まだ薄暗い市場に寄って牛肉のバラとアバラ当たりの牛骨を購入。

「この薄暗い市場で切られている肉を見ると完全にバイオハザードですよね。」とホソヤン。わかる。

ちょっと恐ろしい市場だが品物は逸品らしい。

上海から来た客が「こっちの方の肉は新鮮で美味しい」と言うらしい。

日本では一定水準の衛生と鮮度を下回ったものを食べる機会がほとんどないのでスーパーの見切り品の蒼痣が出来たような肉を買うとたまに臭いなと思う程度だったのであんまり気にしたことが無かった。

新鮮と言ってもシャアさんの作ってくれる牛骨粥が臭かったら嫌だなぁなんて思っていた。ごめんシャアさん。だって肉のお粥だぜ。ビビらない方がおかしい。

ホソヤンも「なんなんですかね。なんかどこで食べても生臭いんですよねこういうお粥。」とか言うかもしれない。

 

友人としてせっかく作ってくれるのだからへんな気を遣わせたり残念な感じにはしたくなかった。 期待と不安が目盛りぴったり半分くらいである。  

 シャアさんの牛骨粥、頼むから美味しくあってくれと祈ることしか出来ない。

 

 

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飯関係はすべて整ったので今度は釣り餌を買いに行く。 日本だと考えられない安さで活きエビが買える。  

 

準備が終わったのでいざ釣りへ。  まずは沖へ出るためのボートへ向かう。

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とにかく汚くてゴミが多い。悪い方のChinaって感じ。

 

小型のボートで沖の筏まで行ってそこに停泊させてあるシャアさんのボートに乗り換えるという。 

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小型ボートは大人数人が膝を折ってギリギリ乗れるくらいの大きさ。

「トムソーヤーに憧れた中坊が作った超大作の筏船」と言えば想像できるだろうか。

形状は船というよりもボディボードみたいな形なのでエンジンを掛けて進むと波がザッパザッパと入ってくる。沖の筏に行くまでにみんなずぶ濡れになってしまった。   

そこで小型の筏船から筏に停泊していたシャアさんのボートに乗り換える。

ホソヤンとサッサンはこれを「トランジット」と呼んでいるという。  

 

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彼がシャアさん

20ftくらいの思ってたより大きな船で驚いた。 自家用車に釣り船まで持っていて毎週釣りをしている謝さん。 現地スタッフがY社でいくら稼いでいるかは知らないがすごい。  

これはほんとに命賭けというか生活賭けてやっている。

 

沖の良さそうなポイントに停泊させてシャアさんが錨を下す。

 

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ついに釣りスタート。寒いけど良い天気だ。

 

使う竿は2本

活きエビを泳がせて大型のスズキを狙う泳がせ釣り用の竿を1本。

ぶっこみ仕掛で本命の小型キビレを狙う竿を1本。

ぶっちゃけ余裕だな、と確信。

 

泳がせ釣りなんてのは何となくタナ(魚がいる水深)を見極めてほっとくだけ。掛かったら優しくやり取りすれば60~80㎝くらいまでのスズキなら日本でも問題なく捕ってきた。

ぶっこみ釣りに関してはぶっこんでおくだけなので問題なし。モーマンタイ。

 

面白味は少ないがまぁシャアさんが上手かったところで大差はつかないだろう。

初回にして小生が同じくらい釣って拗ねてしまうかもしれない。

事前情報ではここ数日はあまり釣れいていないらしく10㎝~25㎝くらいのキビレが10枚釣れれば良い方らしい。スズキも50㎝が数日に1匹釣れる程度。

まぁ見ておけ。

 

鋭い眼光。タバコの煙をブンブカふかしながら糸を垂らす。

余裕のよっちゃん。釣って当たり前田のクラッカー。 

 

 

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釣れない。全然釣れない。1時間も2時間も何にも反応ない。

でもみんな釣れていないので魚がいないんだじゃあしょうがないよねぇ。

ホソヤンと「釣れないですねぇそうですねぇ」なんて気を抜いていると

 

『シャララ!』

 

置き竿の達人シャアさんの竿につけていたスズが鳴った。

半月を描くような鋭いアワセ!乗った!

そのままなんなくやり取りしてシャアさん15㎝のキビレを釣り上げる。

やられた。中国代表シャアさんから先制パンチを喰らってしまった。 

その後もシャアさん連発。4枚のキビレを釣る。

焦る小生。な、なにが違うんや!

日本の約1億3千万人からのため息が聞こえる。

あんな余裕ぶっこいていたのに4-0と圧倒されている。

タバコなんて吸ってる場合じゃない。

なんとか一本返したい!

 

 

チョチョン

竿先が微かに動いた。

ここはゆっくり食わせていてはだめだ仕掛けるしかない!

微妙なあたりに渾身の鬼アワセ!一か八かだ南無三!

少し重みを感じる。魚が掛かった!

小生の気迫が届いたのか極小サイズのキビレを1枚。

ライバルのシャアさんもお祝いしてくれている。

 

 

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小生、指すごい綺麗じゃない?

日本では間違いなくリリースするサイズだったがシャアさんが「食べる」と言うので1枚とカウント。セーフ。

午前中は4-1。

ちなみにホソヤンは2枚釣っていた。ビリじゃん小生。

 小生とシャアさんは何がそんなに違うんだ。おかしい。

何かやたらと餌付け変えたりしていたな。仕掛がちょっと違うのか?

 

くやしかったのでシャアさんの仕掛けを真似しようと覗きに行くと衝撃の光景。

なんとシャアさんは8本もの竿を出していたのだ!

 

 

説明しよう!

日本で「シャア」と言えば機動戦士ガンダムの「シャア・アズナブル」の『通常の3倍~』だが中国のシャアさんは小生が竿2本に対して竿8本であるから『通常の4倍~』とシャア・アズナブル越えをした8本置き竿をしていたのだ。こういえば諸君らのようなオタクでもシャアさんの高スペックさを理解して頂けたと思う。うむ、ライバルとして不足無し。

ただし多けりゃいいてっもんじゃない。ぶっちゃけ日本でも8本竿出す強者は見たことない。こんなに出しても結局扱いきれずにてんてこまいになってしまうのだ。

それを機械的で無駄ない動きで餌を付け替えながら微妙なアタリを拾っている。

3顔面6本腕の阿修羅様でも扱いきれないぞこんな本数。弁天様かよ。

 

 

 

何となく魚の反応もなくなってきたので昼飯タイム。

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 濁った海水で鍋と食器を洗うシャアさん。

この辺あんまり気にならない小生。

ホソヤン曰くサッサンは当初ドン引きしていたという。

サッサンだけ未だに食器はペットボトルのミネラルウォーターで洗うらしい。

 

 

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お粥を炊くための水はちゃんと真水。

ただしどこから汲んだ水かは不明らしい。

水バシャッ!牛骨ドボンッ!牛肉ベシャ!生米サラサラ!塩ペッ!点火ボッ!

おしまい!

 

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あとは炊くだけ。

慣れた手つきで一瞬で調理を終わらせたシャアさん。

料理は一刻も早く終わらせて8本の置き竿に魚が来ていないか見たくて仕方ないようだ。

 

 

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 30分ほど放っておくといい匂いがしてきた。

鍋はもう牛骨エキスたっぷりのお粥が完成していた。

ちょくちょく灰汁取りもしていたしなんせ臭くない。これは美味いかも。

 

獣臭いお粥だったらゲロを吐いてしまうかもしれないがいざ実食。

 

 

美味い。ビックリするくらい美味かった。

新鮮な牛肉万歳。

全然臭くないししつこく無い!なぜ日本でこの料理が無いのか。

冷えた体に濃厚な牛骨エキスたっぷりの優しいお粥。

お好みで海南胡椒とかいう胡椒にエキゾチックな何かを加えた香辛料を振るとまた癖になる美味さ。

シャアさんこれすんごい美味いよ!と伝えると照れていた。

ただし炊かれて粉砕された牛骨の骨片がちょくちょく口に入る。

それをペッペペッペと海に吐き出しながら食べなければいけない。

 

中国あるある

肉使った料理、骨を気にしなさすぎ。

 

ガチョウを食っても豚を食ってもどの肉をを食べても大体骨ごと叩き切って使っているので骨がゴリゴリ入っている。

 

ご馳走様、シャアさん、本当に美味しかった。次行く時も食べたい。
「このお粥をね、食べた後のタバコが一番美味いんですよ。」とホソヤン。

 

この後も釣りを続けたがシャアさんが爆釣し20-5で大敗した。

シャアさん強い。日本のみんなすまない、初戦は黒星スタートだ。

ホソヤンもキビレは5枚だったが泳がせ釣りのスズキを見事取り込んでいた。

 

 

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シャアさんは夕飯の魚だけ取って後は売りに行った。

中国では釣った天然物が人気でその辺で結構いい値段で売れるらしい。

 

今回は初回で掴めなかったという言い訳もあるが完敗だった。

ただしこれで「折れないめげない諦めない」の小生。

 

シャアさんの弁天様8本竿対策も練れている。

このまま負け続けることは太公望小生の矜持が許さない。

 

果たして小生はシャアさんに勝つことはできるのか。

次回、こうご期待!(まだ次の釣りに行ってすらないので書いてないです。)