マットレスを買った話(上)
マットレスを買った話(上)
※遡って2019/1末に書いたやつ※
中国生活も1か月が過ぎようとする頃、会社で転寝しそうになった。
近頃、夜中2時頃と朝5時頃に起きてしまう。
腕の痺れ、腰痛、背中の痛み。
新生活のストレスや大陸独自の未知の病。
色々な可能性が頭を過る。
覚醒しかけているところを脳みそがブレーキを掛け、何とか眠ろうと試みている。
しかし頑なな脳みそとは裏腹に身体は素直。大声でSOSを叫んでいる。
原因ははっきりと分かっていた。
マットレスがめっちゃ硬い。
前任者から受け継いだ180*200㎝の独り身には大き過ぎるベッド。
マットレスも厚さ20㎝くらいあるのだけれど、これがとにかく硬い。
それ自体が硬いかというとそうではなく、表面の綿下1㎝あたりに分厚いベニヤ板のようなものが入っているせいで硬い。何故入れた。
パラッパラッパーのキャラクター達のように体がぺしゃっと平面ならともかく我々人間の身体には凹凸がある。
最初はこの硬いのも中国スタイルかと気にしなかったが限界が来た。
感覚としては飲みすぎて終電を逃してしまい友人宅に泊まった時。
敷布団がないので仕方なくニトリで買ってきたであろう若草色の落ち着いたデザインのカーペットに余っていた薄い掛布団を縦半分に折り畳み、挟まるように寝た後のあの感じだ。フローリングを直に感じ睡眠の質は悪く、翌朝身体が軋むように痛いあれ。
これが一泊だけならまだしも一カ月も続くと身体がもたない。
この過酷な環境に耐えられるとすればフローリングに枕だけ置いて寝るというサンプラザ中野くんくらいであろう。狂っている。
後日、会社のボスに「マットレスが硬くて眠れず健康被害が出ている。それは仕事での生産作業性に影響するレベルに達している。直ちに柔らかいマットレスを用意するべきだ。」と酒盛りの最中に直訴した。エチルアルコールにより半酩酊状態のボスは会社負担(ここ大事)を一つ返事でOKした。
翌日、アセトアルデヒトによりデバフ状態のボスに詰め寄り就業時間中にマットレスを買いに行くことになった。
毒を毒と判らぬものは毒に溺れるのである。
小生の狡猾な毒攻めが功を奏した。
小学生時代に流行ったポケモン金銀でも通信対戦で「ちょうおんぱ」で敵を混乱状態にさせたうえ、「どくどく」で毒盛り、さらに「そらをとぶ」でターン数を稼ぎ相手を自滅に追い込むという楽しいポケモンワールドには有るまじき非道な戦法をクロバットに命じていたポケマスターの小生だからこそ成功した作戦であった。この戦法は2012年にIPC: International Pokemon Committeeにより「ポケモンに対する非人道的な作戦指導」とされ現在まで禁止されている。
話をマットレスに戻そう。
本当はIKEA船橋店あたりに買いに行きたかったが小生のマンションから飛行機移動含め往復で26時間くらいかかるうえ180*200㎝マットレスの航空輸送コストや税関での話の通用しない押し問答の発生などを鑑みて、近所にあるドアや入口などが無い、寝具屋にしては前衛的な店に来た。
横たわる埃まみれの見本マットレスで品定めし、コンクリート剤などが入れられているようなオレンジ色の袋に詰められている新品を持って帰るらしい。
衛生・清潔感などの概念や文化が全く違うためベッドを「聖域」なんて言ったら中国では笑われ者になってしまうだろう。
なんだか汚くて暗い店だなと思ったがふかふかマットレスが手に入ると思うと気にならない。小生は高揚している。
おそらく店主が中国全土から直接買い付けた選りすぐりのマットレスを余計な店の装飾などはせず、安価にスッと卸してくれるような長年愛され続けている名店なのだろう。
そうに違いない。
手前のやつから適当にボフボフ殴ってみたがどれも鈍く「ドンッ」と音がする。
どのマットレスももれなくベニヤ板がインサートされた硬いものだった。
高級なマットレスですらやはりベニヤ板が入っている。あれもこれもベニヤ板入り。
このままあの硬いマットレスで生活をしていたら昨年発症したヘルニアが悪化し、背中の痛みを抑えるために寝返りを我慢し続け、痺れた腕に血が通わなくなり両腕が壊死してしまい見た目通り漢字の「人」みたいな身体になってしまうのではないかと怯えた。
心なしかこの寝具屋もただのうだつが上がらない不衛生な店に見えてきた。
こうなったら自宅の寝室にハンモックでも張ってそこを寝床にするしかない。
落ち込みながらダメもとで触ったピンクのマットレス。
触った瞬間に伝わった。ベニヤが入っていない。
4万円近くしたが会社経費で落としてもらうので即購入。
先程まではどんよりとした陰気臭い店だったが、やはりこの店はとても優れた店で店主の一考によりベニヤ板を嫌がる日本人向けに少量ではあるがふかふかのマットレスも在庫覚悟で店に置こうと英断したのであろう。
帳簿担当の店主の嫁は無駄だと反対し大喧嘩になったが「お父さんがそこまで言うなら」と最終的には折れて発注したのだ。
あれからもう数年が経って赤字不動在庫と化していたピンクのふかふかマットレス。
ベニヤ板が入った硬めのマットレスが好みの中国人には一切見向きもされなかった。
しかし突然やってきた日本人男性が異常に興奮しながら「あった!板ないやつ!これこれ!4万!?でもいいっすかね?これください!!!」と言うと嫁は驚いたが一拍置いてゆっくり息を吸いながら店主を見つめ、優しく微笑みかけて今度はゆっくりと息を吐いた。
一方で店主は照れ臭そうにタバコを吸いながらあの日の喧嘩を思い出したに違いない。
最後に折れてくれたのは母ちゃんだぜ、と。
そんなこんなで4万円のピンクのふかふかマットレスを手に入れた。
マットレスを買った話。(上)