豪州で生の牛タン一本買ったけれど下処理方法を知らなかった男の話。

 

 

オーストラリアに来て最初、パンだけ食ってた。パンとジャム。

そのうち仕事に必要なエネルギーが足りなくなったので肉を買うことにした。

肉の中でも格安の挽き肉と目視だけでは何か判別不可能なピンクの肉塊(100%肉だと信じたい)の腸詰を買って食べた。

2週間も経つと肉の形を成していない肉は食い飽きた。

 

 

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ちゃんとした肉が食べたい。」

俺の食道内に住んでいる細胞がそう言った。それか普通に俺が言ったのかもしれない。兎にも角にも確かにそう聞こえたのだ。

 

 

そして近くのスーパーで犬の餌用『チキンの首』と同じ袋に入っている人間用『鳥の手羽』を買った。

2キロパックで8ドルくらいだったのでよく買って食べた。

 

ある日働いていた農場のオーナーであるジムに仕事中、

おいニンジャ、お前いつも何食ってんの?寿司?」

と聞かれたので重宝している2キロ鶏肉の話をしたら眉をひそめて

「あんまり食い過ぎるなよ。あれはあんまりヘルシーじゃないからな。」

と俺の食っている鶏肉と同じ袋から『チキンの首』を投げて愛犬モンティに食わせながらぽつりと言った。(もう働いていないけれどこのハーブ農園で俺の名前はニンジャだった。)

 

聞いたところによるとステロイド漬けにされた雛は鶏になるまで二週間だと言う。

馬鹿な。二週間じゃウズラが良いとこだろう、と彼の話は眉唾物だったが肉の価格を思い出すとまんざら嘘でもないのかもしれんぞ、とも思った。

 

 

 

  

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ステロイド注射を打たれた雛達はたちまちニワトリのそれを超越した成長・肉付き見せるという。

ジム曰く、二週間でシュワちゃんとかスタローンみたいなのが完成すると。

 

 

最新の劇場版ドラゴンボール亀仙人のじっちゃんがすごいらしいけれどもあれはきっとステロイドだよ。エロじじいからドーピングじじいだよ。

 

 

 

 

そんなステロイド肉を体に入れたくない。俺は偏食だができるだけ得体の知れないモノや収穫されるまでのオーガニックな工程を無視した食物はできるだけ摂らないようにしていた。中田英寿タイプの人間なのだ。日本にいた時はね。

正直今はあんまりそんな余裕もない。だからつい最近もステロイド鶏肉を買った。

 

でも食う量を減らした。

そこで発見したシルベスタ・スタローン以外の格安肉というのが

 

 

『動物たちの臓物とマイナーパート』

 

 

アジアと違ってどうも欧米人は内臓やら顔面の部位を食うのをあまり好まないらしい。

ちょっと気持ち悪いもんね。わかる。

ただオーストラリアは移民国家なのでアジア人も多くスーパーに行けば安く買える。

 

『安いものを買う』ということは『裏で生産者や誰かがその安さのせいで泣いている』と言うがこのマイナーパート達は別だ。生産者やブッチャー側としても無駄がないし、奇妙な見た目の彼らは売れないせいで安くなっているのでそれを選択する消費者としても嬉しい。精肉になるよう産まれて来た畜産動物以外はみんなハッピー。

 

 

そして俺は牛の舌を買った。

牛タン。

 

 

まさかオーストラリアで牛タンを食えるとは。しかもキロで4ドル。

オーストラリア来る前に友人が

「オーストラリア行ったら牛肉安いからステーキ食い放題!」

って言ってたけど俺にはまだ厳しい。

確かに物価の割に牛肉は安いが安定した稼ぎが入るまでステーキ生活はお預けだ。

それまでは臓物のスープと頬肉でも食って生活しようと思う。好きだし。気持ち悪いけど。

 

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袋から出してまな板に巨大なベロを置いた。

なんだか突然不安になって来た。

買ったはいいが俺の知ってる『肉』の牛タンではない。

当たり前だが本当に肉というよりは丸々一本の『牛のベロ』だ。

なんだか突然恐怖を感じてとりあえず半分に切ってみた。

 

 

 

あれ?なんか違う?

俺の知ってるアレじゃない。

ひらひらの焼肉屋で出てくるピンクのアレじゃない。

 

怖い。

 

 

なにより下処理の仕方を知らない。

正直切って焼けばいいだけだと思ってた。

なんか舌の皮?すごいギザギザがある。

これは皮を取り除かないと食えなさそうだ。

適当に調理して失敗して楽しみを潰したくはない。

負け戦はしたくない。

 

牛タン好きの日本人含むアジア勢には「美味い牛タン食わせたる!」と宣言してしまったしその他欧米人の野次馬も見ている。

 

 

断腸の思いで戦略的撤退を選んだ。

恥ずかしかったがひとまずジップロックに隠すように突っ込んで冷蔵庫に戻した。

 

キッチンにいた欧米人の野次馬達は不気味に思っただろう。

アジア人が奇妙な肉塊を怯えた顔で半分に切ったと思ったら悔しそうに袋に入れてキッチンから出て行ったのだから。

 

 

なんなんだよあの皮!あんなの見たことないし切り方すらわかんねぇよ!

牛タンってもっと簡単に食えると思ったのに。クソがっ!

 

 

    メロス俺は激怒した。必ず、あの皮を除かなければならぬと決意した。

        俺は下処理方法がわからぬ。俺は村の農民である。

        

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                もう太宰治状態。

 

とりあえず近くのwifiスポットまで走った。

冷蔵庫では腐敗やバクテリアの侵略に怯えながら半分に切られたセリヌンティ牛タンが俺の帰りを待っている。河が氾濫していようが盗賊に襲われようが下処理と調理の方法を調べて俺はキッチンに戻る。そして美味しく調理する。

 

調べると「下処理の面倒くささに過去に帰って自分に買うなと忠告したい」とかそんな悲しみや怒りが多く綴られていたが俺は挫けない。挫けてはいけない。セリヌンt

 

ある種の使命感のようなものに駆られyoutubeで下処理の動画を観てイメージトレーニングをしながらキッチンに戻った。幸運にも河の氾濫も盗賊からの襲撃も道中無かった。コンクリートの歩きやすい道を斎藤和義を聴きながら往復しただけだった。

 

 

 

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キッチンに戻り磔刑にされていたセリヌンティウス牛タンと感動の再会を果たし有無を言わさず掴みかかり今度はまな板に置いた。

太宰ごっこはおしまいだ。今からお前を切る。

 

またしても周りの外国人が「な、なにそれ。牛のベロ?クレイジー。」「気持ち悪ぃなんだそれ」と完全見世物状態。野蛮な黄色人種が下品なものをキッチンに持ち込んだ、という空気が充満していたが気にしない。文句を言う奴がいたら塩胡椒振って焼いたベロをベロの上に乗っけてやる。という意気込みで調理を続けた。

 

鋭い包丁があれば普通に皮を削げるのだがバッパーのキッチンにそんな代物はない。

存外に扱われたボロのなまくらしかない。

やってみたけど勢い余って手を切るのが見えたので止めた。

 

 

 

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苦戦している俺に一緒にいた日本人が「少し茹でてから切ってみれば?」とアドバイスをくれたので素直に従った。

煮込んでも美味そうだな、と思った。

 

 

↓白いのが皮

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煮込んでも削ぐようには切れなかったので輪切りにしてから細かく外側の皮を切り落とした。

恐ろしい巨大な肉塊が輪切りになって皮がなくなるとだんだん見知った肉になってきてとても嬉しかった。写真は撮ってないがなんとなく形がオーストラリア大陸にも見えた。

 

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そしてついに切り終わり塩胡椒とネギで炒めて完成した。延べ1時間半。

タッパーに入っているし見た目はあまり良くはないが美味かった。

でもやっぱり炭焼きにはしたかった。

勝手に焼肉を妄想していたので食べて「なんか違う…。」と言ってしまったが今度BBQに行くときに必ず持っていくと誓った。

 

 

そんなこんなで「時間と手間さえかければ不気味な見た目だが安く美味しい肉が食える」ということがわかった。

あとやっぱり出来なかった事が出来るようになったら嬉しい。今後、生の牛タンを一本買ってきて下処理をする機会はほとんどないだろうけど。

 

海外で会う日本人でたまに「節約して貧しく厳しい生活・旅行をしている方が偉い、タフだ、賢い。」なんて見窄らしい自分を肯定して勝ち誇ったように話してくる奴がいるけれどそれには同意しかねるし心の中でミドルフィンガーを突き立てている。

 

オーストラリアに来てから口に糊して生活している。多分一食3ドルくらいで済ませている。が、決して節約して貧しい生活を送るために来たのではない。あくまで金も貯めて充実した生活も送る。それは曲げない。

その最たる例が今回の牛タン下処理だった。

 

 

 

 

 

次は頬肉テールレバー何を調理してみようか。